■アメフト編
Xリーグのリクルートシーガルズのトレーナーが主催の講習会に参加したり、長嶋茂雄氏の専属マッサージ氏のところにマッサージを勉強に行ったり、新横浜のスポーツ医科学センターの先生にテーピングを教わったりと、独学の部分が多かったが、勉強って、本来こういうものかな、なんて思ったりもした。
自分で課題を持って、それを追求していく、それを追求していく方法も自分で考える。
いろいろ勉強できました。
アメフトは怪我が多いスポーツで、その分トレーナー技術も発達しているという話を聞いた。
筋力トレーニング、栄養管理、リハビリ、テーピング、ストレッチ、マッサージ。。。
とにかく勉強しました。
試合前の部室でのハドルの時の緊張感、今でも忘れられません。
試合後の選手からの、「テーピング良かったよ、ありがとう」の言葉、たまりません。
よし、この選手たちのため、もっと勉強しよう!という気にしてくれた。
合宿の時に、法政大学トマホークスのトレーナーの密着取材の番組のビデオを見て、選手たちが、
「2年後にお前をここまで連れて行くから」
という言葉に感動。
2年の筑波大学エクスキャリバーズ戦。とても苦しい練習を乗り越え、奇策が功を奏し、結果は圧勝。
皆で涙を流して喜んだ。
実はその試合の数日前、あるキープレイヤーが首を怪我し、手の痺れがぬけず、力が入らなくなってしまった。
例のマッサージ氏のところに試合前夜尋ねていって、対処法を教えてもらい、試合直前に試したら、痺れが一時的に緩和し、
なんとか一試合もった。
だから、この日の勝利の喜びは、選手以上に感じていたかもしれない。
魅力的な選手、マネージャー、トレーナーに囲まれて、本当に幸せな時間をすごしました。
このころから、主役から一歩引いた立場で、主役をバックアップしていく立場が、自分にしっくりきているのに気づいた。
これは、今自分が考えるプランナー像に、ある意味では近いものがある。
■都市計画編
入学当時は建築構造に関心があるのだと思っていたが、考えが変わった。
大学一年の時、幕張メッセを訪れたときに、初めて自分が最も関心がるのは都市計画であることに気づいた。
「まち全体のことを考えてみたい」
という気持ちからだった。
阪神大震災の時、自分が奮い立ったのは、どちらかというとまち全体として、いかに安全・安心・快適に暮らせるか、ということに関心があったのかもしれない。
初めて手に取った都市計画の本は、
「カリフォルニアのまちづくり 都市計画の最先端地域から学ぶ」
という本。
是非、米国にいって見たいと思った。
その当時、オランダの都市計画も注目され始めた時期だった。
オランダも英語が通用する国。
それまで英語は勉強していたが、本格的に勉強しようと思い、英会話にも通いはじめた。
2年の夏には、念願のカリフォルニア州ロサンゼルスに短期語学留学。
いわゆるゲーテッド・コミュニティの中の住宅にホームステイ。
住宅地は緑が多く、公園も広い。
その時期一番感じたのは、公園など都市の空間をよく使いこなしていること。
公園でイベントをしていたり、コンサートを開いていたり。
また、とにかく住環境のレベルが高い。
短期留学での記憶が、今ではプランナーとしての原風景の一つになっている。
2000.2 東京大学都市デザイン研究室との出会い
先輩の紹介で、東京大学都市デザイン(西村・北沢)研究室の方の卒業設計を手伝わせていただくことになった。
現在同研究室の野原さんにもお話を伺うことができ、なんとなく当時思っていたことを伝えたら、
「うちの研究室がいいんじゃない」
といわれ、有頂天に。
また自分が当時住んでいた横浜市は都市デザインが昔から頑張っているところで、その推進主体である横浜市都市デザイン室の室長だった方が、同研究室の助教授であることを知った。
その頃から都市デザインという名のつくものを調べまわった。
2001.3
「都市を生活・空間と制度の両面から捕らえてみたい」
「実際のまちづくりに参加し、いろいろな立場の人と会い、自分が今後どのような立場で都市に関わっていきたいのか、じっくり考えたい」
「都市計画、都市デザイン、防災、都市解析、地域計画、交通計画、建築、土木、社会基盤…いろんな視点を持った人たちと議論したり、何か横断的なプロジェクトをやってみたい」
という思いから、都市デザイン(西村・北沢)研究室で大学院生活を送ることを心にきめ、本格的に試験勉強を開始。
造景no.32で、東大都市デザイン研究室や都市計画研究室のメンバーからなるアメリカン・アーバンデザイン研究会の報告が掲載されていた。
− 都市のデザイン・マネジメント −
当時は意味がよく分からなかったが、取り上げられている事例では、地元密着の組織が、ビジョンのもとに全体をコーディネイトし、都市の再生に貢献したことが分かった。
自分が研究していた、千葉県佐倉市の二つの事例にも共通するところがあり、都市経営、地域自治、地域マネジメント、という言葉が自分の中でキーワードとなっていた。
2002.9
面接。筆記試験は順調だったが、やはり緊張。
友人から「迷わず行けよ、行けば分かるさ・・・」の励ましメールが届き、
気合を入れて面接に乗り込んだが、教授陣が20人くらいズラリと並んでおり、
つい雰囲気に呑まれてしどろもどろに。。。
先生方からは失笑の声も。。 |